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映画『轟音』

2017年02月19日
昨日、ドキュメンタリー映画『轟音』を観てきました。絵文字
またまた市民生協主催の、「平和を語り継ぐー轟音B29墜落記からー」というイベントでした。
私は市民生協の会員ではなく、現在は若干競合する(?)立ち位置におりますが、市民生協さんの平和への取り組みは、継続的かつ地域に根ざしたもので、行くと勇気をもらえます。絵文字

内容は、今から70年前、和歌山県田辺市龍神村にアメリカのB29 が墜落。
乗組員のための慰霊碑を建て、今日まで慰霊祭を欠かさず、平和を祈り続ける村人たちの想いが描かれた映画でした。
映画の中では、B29の墜落を見た人々が当時の死体の様子を生々しく語り、生き残った乗組員が日本の捕虜収容所で毒殺、斬殺されたことなども詳細に伝えていました。

こういう映像を見るとき、「なんで私はこんなにつらい思いをしてまでこの映画をみているんだろう」といつも思います。
見ないように生きることはできるし、楽しいことは他にいくらでもあります。
同年代のママたちは、こういう場にはほとんどいないし。
それでも私が戦争に向き合い、何かをせざるを得ないのは、やはりハンパない危機感からだと思います。

轟音の出演者の古久保さんが来られていて、「今は戦争当時の状況とよく似てきている。」とおっしゃっていました。「がんじがらめでものが言えない、燃えたら死んでも火を消せという消防法があった、あの時代に今は近づいている」と。
その言葉は決して大げさではなく、その通りだと私は思います。
そう遠くない将来、再び日本は戦争へ突入していくのではないかと。

そうならないために、今日できることは何だろう。
誰かを非難するのではなく、じぶんたちの価値観として、平和的な社会をつくるにはどうしたらいいか。
一歩を積み重ねているつもりですが、歩みが小さすぎて、焦ることもしばしばです。
でも今は、思いを同じくする力強い仲間たちが、心の支えです。

あれやこれやと思いをめぐらしながら、やっぱり今は、過去の戦争にも目を向けざるをえないなあ、と思うあまぐりです。


 今日は朝から、わかやま市民生協主催の、木村草太さん講演会『くらしと憲法』を聴いてきました。昨年木村さんが和歌山に来られた時は、夜の講演会で行くことができなかったので、今回は子どもらのいない午前中に、生・木村草太さんが見れる♪とミーハー気分も混じりつつ参加してきました絵文字

 以前、弁護士の伊藤真さんの講演を聴いて「憲法とは、私たち国民が権力者を縛るもの」という考えを知った時「憲法を守るのが私たちの義務じゃないのか〜」と初めて本来の意味を知りました。今回木村さんは「憲法とは過去の失敗をリスト化して、繰り返さないようにしたもの」と話されていて、それもまたなるほど!と思いました。絵文字
 小学校の廊下には「廊下は走らない!」弁護士会館の廊下には「この場所で依頼人と話し合わない」と張り紙があるように、その団体や集団特有の注意しなければ陥りやすいことがある。憲法とは、その注意しなければならないものをリスト化した張り紙のようなもの、とのことでした。
 「無謀な戦争」を繰り返さないために「軍事力のコントロール」を、「人権侵害」の反省から「基本的人権の保障」を、「独裁」を防ぐためには「権力分立」という張り紙が、憲法には記されている、ということです。
 憲法24条の婚姻、天皇の人権と皇室典範等の話もありましたが、私の心に残ったのは、さまざまな人権について、「人権水準の高い日本に住んでいるから普段は意識することがない。水道のありがたさは止まった時にしか分からないように、失われた時に初めて気づく」という言葉です。また、憲法改正について、司会者が「70年経って改正される条文があるとお考えですか?」という質問に「むしろ70年経ってもまだこの水準かと思う。生存権、教育を受ける権利など、70年前にできた憲法の理想に今なお至っていない」という言葉に共感しました。
 当たり前すぎて気づかない権利や環境が、再び奪われてしまう前に、私たちは「張り紙」の存在に気づき、もっと活用しないと、と思いました。絵文字