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橘柳子氏の言葉から考える

2012年10月31日
10月28日あいあいセンターで行なわれた橘柳子さんの報告会に行ってきました。

橘柳子氏:旧満州大連生まれ。1945年ハルピンで終戦を迎え帰国。
大学卒業後、福島県で教師(英語)。
県教職員組合中央執行委員として活動後、現場復帰し2000年に定年退職。
震災時は浪江町在住。転々と避難し現在10か所目の福島県本宮市(もとみやし)の仮設住宅住まい


橘さんのお話しの中で特に心に残った言葉と、自分の感想を書きます。

『私は、国から二度棄てられた』
 一度目は戦争。二度目は原発事故。餓えと寒さの中、ずっと消し去っていた終戦時の記憶がフラッシュバックして蘇ったそうです。
「いったん原発事故が起きれば、障害者や老人など弱い立場の人間は、虫けらのように死んでいくしかないんです。今の避難所では、すでに3人の方が亡くなっています」とおっしゃっていました。

 私は、橘さんのこの言葉の意味が分かります。原発事故があって、私は、国は「国民」を守ってくれるものではないことを知りました。政府は国民の健康や命を守る政策を第一に考えるのではなく「国」という体制を維持することを第一に動いている、と痛感しました。
 橘さんが避難所にいる子どもたちにヨウ素剤を飲ませるよう訴えても「ヨウ素剤は副作用の心配があるから」と、配られなかったそうです。
 放射能測定をしていても、「風評被害が広がるから」と測定結果を低く伝えたり、公表しないようにする動きもあるそうです。
 弱い立場にいる人びとにとって国や政府は頼れるものではなく、自分たちの命を守るためには闘っていかなければならない現状は情けないですが、それが今の日本の「国」と「国民」の姿なんだと思います。

『これが大企業のすることだろうか』
 橘さんの住んでいた浪江町は、原発建設に反対し原発を建てさせなかった町。つまり、東電に「逆らった」町なのです。福島第一原発事故で放射能にひどく汚染されたにも関わらず、浪江町には東電からの連絡は一切なかったそうです。また、福島県で一番大きな町にも関わらず、東電からの支援物資は他の町より3分の2少なかった、とおっしゃっていました。
 
 事故の収束は見えず、効果的な除せんは進まず、被災者への謝罪・賠償も十分でない一方で、東電は福島にある原発10基のうち4基を今後再稼働させようと考えているそうです。私自身「これが責任ある企業の考えることだろうか、こんなことが許されていいんだろうか」と素朴に感じます。

『被災者の傷はあまりにも深すぎてこの体験を忘れたいという思いがある』
 「あまりにもひどい体験をした福島の人びとは、自分が体験したことを忘れようとしている。子どもたちも。私は、原発事故の風化を恐れています」とおしゃっていました。

 被災体験のない私にはしっかりとは理解できていないと思いますが、戦争体験を思い出さないようにしてきた橘さんがご自身の中で葛藤しながらも「忘れたいけど忘れてはいけない」と語る姿は印象的でした。

 福島県の中でなかなか国や東電に声を上げる人が少ない理由のもう一つには、賠償の問題もあるようです。
 強制避難の住民は、申請すれば1人10万円/月の賠償がされる。5人家族なら3ヶ月まとめて150万。それが多いか少ないかは別にして「お金は魔物」(←これは橘さんの言葉)。当面の生活を維持するために賠償を受け取ることで、住民が黙ってしまうこともあるのだと思います。
 自主避難の住民は、同じように避難していても健康被害が出ても一切補償がされていません。結局は福島に戻りそこで住まざるを得ない以上、放射能の怖さなどを語らったり声をあげていては生活していけません。


 橘さんのお話を聴いていて一番感じたのは、被災している人たちの気持ちはそう簡単には理解できないということ。でも、被災者でないゆえに、原発事故を忘れないでいること、声を上げていくことができるんだ、と思いました。
 それは、福島の人びとのため、ということではなく、全国にある原発がいつどこで事故を起こすか分からないこの日本に住んでいる自分たちのため。


  
 
 
 
 


「秘密保全法」についてつらつら考える

2012年10月27日
一昨日、和歌山市民会館(市民ホール)で開催された
「秘密保全法制の危険性と問題点を考える市民集会」に行ってきました。
寸劇あり、知人のkinokkopさんがパネラーとして出られたこともあり、
最初から最後まで、楽しく(?)聴くことができました。(^^)

そもそも「秘密保全法」とは
・「国の存立にとって重要な情報」を行政機関が「特別秘密」に指定する秘密を扱う人、
その周辺の人々を政府が調査・管理する「適性評価制度」を導入する
・「特別秘密」を漏らした人、それを知ろうとした人を厳しく処罰する


正直、私にはちょっと難しいです(-_-;)
でも、この法案が通れば、
「国の安全・秩序維持」ということで
政府にとって都合の悪い情報はますます隠され、
私たちが知りたいと思っても知ることもできない状態になる、
となんとなく思うのです。

今回、会に参加して、知ったこと、心に残ったことをつらつら書きます。

・「特別秘密」とは何か?
政権や状況が変われば国にとって重要な情報も変わる。
その時々で定められる「特別秘密」を、私たちは知ることができない。
何が「特別秘密」かを知らずに、情報を漏らしたとして懲役10年以下もの罪に問われることがあっていいのだろうか。

・情報は誰のもの?
情報は、そもそも私たち国民のものであるということ。
そして、私たちの知る権利・話す自由は、民主主義であるためにとても大切なもの。いったん規制されれば、それを取り戻すのは簡単ではないから、規制する場合は慎重でなければならないということ。

・「適正評価制度」の問題
秘密を扱う本人だけでなく、配偶者など周りの人まで、思想やプライバシーに関わるところまで調査される。
個人のプライバシーを侵害する、という問題と、
国にとって都合のいい特定の人だけが業務にあたることになり
思想の統制になるのでは、という懸念がわいてきました。


・今なぜ「秘密保全法」か?
第一にアメリカの要求、具体的には米軍と行動を一体化する動きがあるそうです。
また、経済界(軍需産業)、警察、原発推進者などの、
「知られたくない情報を隠したい」という流れもあるようです。


「秘密保全法」について、私は、平和を守る意味から、とても危機感をいだいています。
この法の背景には、核や、軍や、武器が密接に関係しているから。
でも、いま、こういったことが、メディアに取り上げられず
多くの人が知らずにいる状況が、とても不自然で
いちばん怖いことだと思います。

でんでん虫つうしんNo6 完成

2012年10月16日
でんでん虫つうしんNo6が、ようやく完成しました。
子どもの起きているうちは、パソコンには向かわないようにしよう、
とか、体調がすぐれないから今日はやめとこう、など、
色々自分にいいわけをしているうちに、4ヶ月が過ぎてしまいました・・・(-_-;)
子どもが2歳の誕生日を迎えるのに合わせて、なんとか発行できました。

今回は、食べ物、特に給食の放射性物質検査についてです。
先日、食品の放射能汚染について、意見交換会に行きました。
国や県の担当者たちが「国の基準は世界でも厳しい基準なので
安全です」とひたすら説明する姿に、ちっとも安心できずに帰ってました。
子どもたちの健康を守るには、受け身でなく、
やっぱり何か動かないとだめだ〜
という思いを強くしている次第です。

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それから、紙面の都合上載せられなかったのですが、
お知らせしたいイベントを一つ、以下にご紹介します。

講演会「-福島からの証言-福島原発事故の今を生きる」

○ 講師・橘 柳子さん
○ 日時・10月28日(日)13:00~16:00
○ 場所・あいあいセンター 4階6・7会議室
       和歌山市小人町 TEL:073-431-5246
○ 参加協力費・500円
○ 主催・原発がこわい女たちの会(連絡先 073-451-5960 松浦)

◎ 橘 柳子(たちばな りゅうこ)さん;
  1939年旧満州大連生まれ。
  長らく福島県で教師(英語)として勤務。
  県教職組合専従活動を経て2000年定年退職。
  震災時は浪江町在住でしたが、転々と避難して現在10か所目の
  福島県本宮市の仮設住宅住まいをされています。

-福島からの証言-福島原発事故の今を生きる
  2011年3月の東日本大震災に端を発した東京電力福島第一原発事故から「一年半」が過ぎました。福島県では、いまだ16万人の方が、放射能汚染を避けて県外や県内各地に避難され、また多くの方は不安を抱えながら避難しないで地元に留まっておられます。いずれにしても、それぞれに抱える苦難は並み大抵なものではないでしょう。
  それらの情報について私たちは、TVや新聞、ネット上からも大量に見聞することはできます。もっといいのは、現地にでかけて目の当たりに体験してみること、とは思いつつなかなか果せないでいます。そこで、いま現に福島に暮らす被災者の方をお招きし、当事者からみた福島からの生の声を直かにお聞きする機会をもちたいと考えました。いま、福島ではどのような状況なのか、健康被害は、家族は、仕事は、住まいは、食べ物は、学校は、インフラは、・・・当事者から震災と避難生活について証言していただき、原発事故の現実についての認識を深めたいと思います。そして、被災された方々の思いを受けとめ、いま私たちにできること、心しておきたいことは何かを学び、これからどうなるのかどうしたらいいのか、私たちに突きつけられていることを考え、そこに向けて一歩でも進んでいけたらいいなと、思います。