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浦磯合宿、広域処理、つらつら思うこと

2012年08月29日
先日、日高町の「波満之家」という民宿で、長い間、和歌山で原発立地に反対する運動をして来られた方々の合宿に参加しました。京大の原子炉実験所の先生方も合同で、豪華なメンバーが勢揃い。福島の飯舘村の現状や原子炉内部の話、さまざまな人との交流、透き通った海、美味しい食事・・・とっても刺激的な2日間でした。
 特に印象に残ったのは、民宿のご主人、濱さんです。事実上、日高に原発が来るのを阻止した方です。福島第一原発の事故後は、昔原発を推進してきた人から、「こうなることを知っていたんですか?」「こんなに怖い物だとは・・・」と、声をかけられるようになったそうです。でも当時は、家族にさえ自分の活動をなかなか理解されなかったとおっしゃっていました。
 町職に就いていた人も、原発反対したとたん、上司複数から圧力をかけられたそうです。立場は違えど参加者の多くが、上司や近所の人から嫌な顔をされ、さまざまな圧力を受けてきたと、言います。信念を貫くのに、どんなにか強い心が必要だったか。チェルノブイリ、スリーマイルの原発事故が起きた後でさえ、当時原発反対を意思表明する、ということは、まさに自分の首をかけて戦うことだったのだろうと思います。
 そういう人たちがいて、私たちは、今,差し迫った原発の心配をせずに和歌山で過ごす事ができているわけで(もちろん他の原発に関する危惧はありますが)、人生をかけて土地を守ってくれた人たち(合宿では、お酒を飲んでほろ酔いで熱く語っている人生の先輩たち)を前に、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
 
 話は変わって、関西広域連合が、震災がれきの受け入れ正式に中止しました。国が、今月7日,処分に見通しがついたとして手続きの中止を連合側に伝え、これにより和歌山市におけるがれきの受け入れもほぼなくなりました。詳細は、「放射能から命を守りたい集いin和歌山」のブログにkinokkopさんがまとめてくれています。
和歌山市【広域処理の必要は無くなった】
 kinokkopさんは、ガレキの広域処理の問題点に早い時期から気づいて、1年以上も前から、近畿地方を中心にガレキ広域処理を阻止する為に尽力してきた若いお母さんです。何度も市と話をしたり、要望書を書いたり、署名を集めたり、地道に且つ精力的に活動してくれていました。こうやって中心的に動いてくれる人がいて、それに賛同して一緒に動く人がいて、ひとつひとつアクションを起こしたからこそ、今回の結果に繋がったのだと思います。
 
 どこであれガレキを燃やして放射能を拡散してはいけないし、福島や関東地方に住む人々の健康被害を見ないようにしている政府の姿勢は許されるものではありません。色々勉強するうちに、原発の政策に限らず、国のやっていることをほっておいては、危険な事が山ほどあることが分かってきました。
「政府のする事に対して、私たちがいくら何かやっても結局効果ないんじゃないかなあ」なんて悶々としていたときもありますが、合宿でいろんな人に出会ったり、この度の広域処理の件で、小さな動きでも、あきらめないことで大きな変化をもたらすんだと、勇気をもらいました。
 私は大きな事はできないけれど、自分の家族を守る活動を積み重ねることで、結果的にもっとたくさんの人の健康を守れたり、命を守れたら、しあわせだろうな、と思います。