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私が学生の頃、「これからはグローバリゼーションの時代だ」
とさかんに言われていました。
国として、企業として、一個人としても、その国際的な流れについていくことが求められ、
グローバル化の波に乗り遅れれば生き残ることはできない、
と半ば脅しのような印象を受けたのを覚えています。

私はといえば、子どもたちの育ちに関わり、今は我が子の育児にかかりっきり。
「グローバル化」の問題なんて考えたことなく・・・
でもこのドキュメンタリー映画を見て、ちょっと考えさせられました。

私たちの見るもの、聞くもの、買うもの、とにかくすべての生活が
「国際的グローバル化」の上に思いっきり乗っかっていて、
時には恩恵を受け、時には支配されながら、基本的な価値観をも決定づけられている。

行き過ぎたグローバリゼーション、経済最優先の政治が、
個人レベルでは競争や妬みや自己の喪失、
地域レベルでは紛争や貧富の差、
国家レベルではエネルギー問題や失業、
地球レベルでは異常気象や多様性の損失 
などを生む。

どれもいわれてみれば納得、な事実です。

そしてそういったさまざまな重い課題を解決する糸口のひとつに、
地域で作り消費、地域で物とお金をまわす、
ローカリゼーションにあるのだと思いました。

主催者の方が最後におっしゃった言葉が心に残りました。
「3,11後、原発事故の対応など、国や東電を批判すべき点は色々ある。
しかし、身の回りにたくさんの物をそろえてきた今までの私たちの生活スタイルを反省することも必要。
今までの幸せ感とはちがう、人間関係を大事にした、新たな幸せの形を選択していかなければならない」


先日、毛見にある「カンタ・デル・ソル」に行ってきた。
スペイン語で、「太陽の歌」という意味。

そこは、一年前まで、オーガニック食材を使ったカフェレストラン。
Kさんいわく、
「人の集まる場をつくりたかった。人が集まるところには、
食べ物や飲み物があればいいと思い、カフェを始めた」
とのこと。
最初の想いの通り、お店は、環境、平和、アート、音楽など、
多くの人のさまざまな活動の拠点となってきたようだ。

その日は関東や東北地方から避難してきた方を支援するフリマが行われていた。
店内にはさまざまな装飾品が飾られ、アフリカか南米か、そういった感じの香りがした。
ギターの演奏が行われ、多くの人で賑わってた。
ミュージシャンや芸術家など、個性的で多国籍な人々がいた。
17年間、たくさんの人に親しまれてきたことをうかがわせた。
外を見渡せば、ウッドデッキの向こうに海が広がり、
太陽が水面に反射してキラキラ輝いていた。

Kさんとお店を慕う人々がとてもあたたかな空間をつくっていて、
初めて訪れた私もサイコ-の笑顔で迎え入れてくれた。
Kさんは、「原発事故は悲しいけれど、こうやってみんな
仲良くなっていくのですね」とおっしゃっていた。

子育てしながら、平和や環境のこと、自分の足元から学んでいって、
いずれは、人が集まり、つながれる場をつくれたらいいな〜
なんて思っている今日この頃。
その理想の形のひとつが、「カンタ・デル・ソル」
そこにあるように感じた。

今日、河内長野のキックスにて、
「被災時の体験とふるさと再生への思い」という題で、
語り部 吉川さんによる語りがありました。

モンペ姿、福島弁、軽妙な語り口に、開始1分で見事に引き込まれました。

託児で預かっていた子を、迎えにきた親に返してしまったばっかりに、その親子が津波にさらわれてしまい、今でも夜眠れないこと。
震災当時、浪江町は報道規制がかけられ、原発が爆発したことを知らされず、1ヶ月間、1〜4号機のきれいな原子力発電所の映像をTVで流されていたこと。
浪江町出身ということで、放射能差別により8カ所ものホテルを断られたこと。
3ヶ月京都に避難していたおじいさんが、地元に戻ったら「お前だけふるさとから逃げて」と、つまはじきにされたこと。
避難から自宅に戻ると、金目のものはすべてなくなっていたこと。
県外に避難した年配の男性はうつ状態になる人も多く、妻にあたり、そこから離婚するケースも少なくないこと。

語り部さんは実にテンポよく、冗談まじりに話すので、
聞いてる方がしんどくなることはありませんでしたが、
それでも話ひとつひとつに涙があふれてきました。

過酷な被災体験をした彼女の生の声は、想像力の乏しい私の心にもズドンと響きました。

現在、大阪の堺市に避難していると言ってましたが、
機会あれば、和歌山にも公演にきてもらうチャンスをつくれないかなあ、とも思いました。

今回、どういった内容を書くか迷いに迷いました。
内部被ばくについて、胎児や母乳を通しての乳児の被ばく問題、
放射能はうつらないこと、などなど。

でも今回は、福島やその周辺に住む子どもたち、
避難しているお母さんたちのしんどさを一番に伝えたいと思い、
こういった形になりました。

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